ツララツラツラツブラカナ

なんてことはないなんてことのないこと

蓼食う虫も好き好き

みなさんこんにちは。

タイトルのことわざ、耳にしたことのある方も多いかと思います。

蓼(タデ)のように苦い葉を好んで食べる虫がいるのと同じように、人の好みも千差万別である。といった意味のことわざです。

 

ここで言われるタデという植物。
日本中比較的どこででもお目にかかることのできる、いわゆる雑草なのですが、
”蓼食う虫”なんて例え方をされるくらいなのだから好んで食べる生き物はそうそう居ないように思われます。

 

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実際好んで食べる生き物は少ないのですが、実は我々人間も食べることがあります。
鮎の塩焼きには欠かせない”蓼酢”はこのタデの葉をすり潰して酢で伸ばしたものです。
他にも薬味として、あるいは刺身の付け合せとして用いられたりなんかもします。

 

さて、一般的には好ましく思われることのないモノ、あるいは興味をひかれることのない事柄であっても、こと個人の世界においてはまた別のお話。 

 

他人に理解されない趣味嗜好、思考、思想等々。
みなさんにも一つくらい思い当たる節があったりするかも知れません。

多くの場合それらは本人のアイデンティティと密接に関わりあっているようで、
対人関係において扱い方を誤ればトラブルの火種になることもしばしば。

逆に同一の価値観を持ち合わせることが出来たのなら、相手との距離を縮めるキッカケになることでしょう。

 

”蓼食う虫も好き好き”という言葉が使われる場面は、どちらかというと皮肉的であったり侮蔑的であったりすることが多いように思われます。

それはこの言葉が基本的に”蓼を食わない側”の視点で発されているからかもしれません。


蓼食う虫として相手を見るのか、共に蓼を食うのか、
そのあたりの線引きで相手との関係はがらりと変わります。

たとえ自分にとって食べることのできない味であったとしても、それが好きな人もいるということをネガティブにとらえる必要はないように思います。

 

 

ちょうど今くらいの季節に川原なんかを歩いていると、房状の穂先に小さな花を咲かせたタデを目にすることがあります。

穂先にはいくつも鈴生りにつぼみがありますが、花を咲かせるのは常に2~3個だけです。

 

同好の士というものは得難く大切なものですが、ひとつのコミュニティでの常識が全世界共通の常識であるとは限りません。
自分にとって大切なものが必ずしもすべての人にとって大切なものであるとは限らないように、趣味嗜好とはいつだって誰かにとっての”蓼”であるということは忘れないでおきたいものですね。